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レトロバイク写真館へ、ようこそ!!

高校生の時に、宮城県にあるスポーツランドSUGOの国際カートコースで、開催されていた
「ミニバイクレース」に、ちょっとだけ参戦していました。

結果は、トロフィー1個だけもらいました。

ビンボーなんで、ノーマル50クラスで、現地まで自走して行っての参加です。
レースで転倒してバイクを壊したら、帰れない・・・・・。

縁起の悪い、ゼッケン42(死に)の 「 ヤマハGR‐50 」 が自分のバイクです。
ノーマル50クラスは、人気が高く、参加者もそれだけの人数(50人〜)がいたんです。
「 ヤマハGT‐50 」 通称ミニトレや、スズキのハスラーなんかも出てましたね。

 


見ずらいですが、下記の画像は、大学生の時に乗っていた、「 ヤマハRD‐250改400 」でのウィリーです。
改造箇所は、エンジン載せかえ、TZ用アルミリム、TZ用フロントフェンダー、
フロントフォークオイルを硬めに交換などです。


この頃の250マシンは、400のフレームをそのまま使って、エンジンだけスケールダウンしたものが、
ありましたので、エンジンを載せかえると、簡単に400に出来ました。


エンジン出力特性が、今のマシンのように滑らかではないので、アクセルを急激に開けると、
一瞬のタイムラグの後に、強烈にタコメーターの針が跳ね上がります。
アクセルワークだけで、簡単にウィリーしましたよ。


画像は、八戸市の下宿先にある坂道(上り坂)です。
 


下記の画像は、大学生の時に開催された 「 第1回、階上砂漠・4時間耐久オフロードレース 」
参戦時のものですね。
ホンダのMT‐50で、友達の桜井君とペアを組んで出ました。


MT‐50は、50ccのスーパーバイク(高出力エンジン)の先駆けとなるバイクです。
ベル型燃焼室や、50cc初のバランサーを搭載するなど、発売当時は、画期的で

ロード版のMB‐50と共に、人気がありました。
このレースで使用した頃は、チョット古めのジャンク品扱いでしたね。


自分は、基本的には、オンロード派なんですが、トライアルの真似事やオフロードなど、何でもやりましたね。
赤いヘルメットで飛んでいるのが自分です。

 


飛びます〜飛びます〜、ではなくて、着地する直前ですね。!!
 


新型バイクの発売が相次ぎ、さすがにヤマハRD‐250改400では、性能差には勝てず、
ヤマハRZ‐250YSPに乗り換えました。

限定色のYSP赤カラーです。
ずっと2サイクルばかり、乗ってますね。


コーナーでは、アクセルパーシャルで突っ込み、出口でハンクラ当ててトルクバンドに持っていくか、
逆にトルクバンド以上に回してコーナーに突っ込み、出口ですかさずシフトアップ。


2サイクル乗りは、こんな感じですね。
エンブレ効いて、4ストは怖くて乗れませ〜ん。




これは、最後に乗っていた、ホンダの誇る2スト旗艦 「 NS400R 」 です。
2サイクルV型3気筒、NSシリンダー採用など、当時のレーステクノロジーが
数多くフィードバックされていました。


180km/h 近くのスピードが出たと思います。
また、フルブレーキングで、軽いジャックナイフを経験したのもこのバイクだけでしたね。


実は、この前に、同じく2サイクルV型3気筒で、欠陥車と噂されていた、
MVX‐250に乗っていました。 VT‐250の2スト版ですね。


まだまだ、バイクの画像と8ミリフィルム(磁気テープではない、光学フィルム)がありますので、
そのうちコンバートしてアップしますかね。

 


引き出しを整理したら、こんなんも、ありました。
古い、MFJのライセンスですね。
うお〜っ、すげ〜若け〜(爆)




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